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あんまり役に立たない雑学

【雑学】鑑賞と観賞の違い

タケにゃんは映画鑑賞が趣味なので、色々見に行ったりします。
でも、PCなんかで変換すると「映画観賞」という文字も出てきますね。

日本語って同じ読みなのに漢字が違うことってよくありますよね。
鑑賞と観賞はどこが違うんでしょうか?

ということで調べてみた。

何を見るの?

「鑑賞」も「観賞」も「何かを見る」という意味では同じ。
ということは、その「何か」で使い分けているわけだ。

それぞれの漢字の意味は広辞苑によると

「観」 カン みる
1.よく見る。わきからながめる。「観覧」「観察」「観測」「観賞」など
2.心中に思い浮かべて本質をさとる。「観想」「観照」「直観」など
3.見る立場。みかた。「悲観」「楽観」「人生観」など
4.見えたところ。ありさま。ながめ。「別人の観がある」

「鑑」カン・かんがみる かがみ
1.鏡。物の形をうつすもの。てほん。いましめ。「印鑑」「図鑑」「年鑑」など
2.鏡に照らしてみる。真の姿を考えみる。見きわめる。「鑑査」「鑑定」「鑑識」「鑑賞」など

…え?分かりづらくない?
結局どういうことなのだろうか?

「観」は「よく見ること」…つまり、表面上を見ているということ。
「鑑」は「真の姿を考えみる」…つまり、内面を見ているということ…という解釈で問題なさそう。

観賞の場合は主に自然や動物、魚など見て楽しむときに使う。
一方、鑑賞は芸術性のあるものを深く味わうときに使う他「目に見えていないもの」にも使える。
だから「名曲を鑑賞する」といった使い方も出来る。

映画はどっちなの?

映画は見て楽しむものなんだから「映画観賞」でいいんじゃないの?というとにもなりそうですが、これは間違い。
上記の例を見ると実は一目瞭然なんだけど、基本的に「人が作ったもので何かしら意味や情報を伝えるもの」は「鑑賞」を使う。

「映画に芸術なんて思わんぜ!」「深く味わおうとか思わないよ」と感じていても、作り手がいる以上は「鑑賞」が正しい。

じゃあ、熱帯魚とか人が品種改良して生み出したものも「鑑賞」なのか?というと違う。
いわゆる「観賞魚」なんかは「人が見て楽しむ(観賞)ために作りだしたもの」であり、そもそも元々自然界に存在していたものを改良しているだけなので「観賞」が正解。

非常にややこしいがこれが日本語なのだ。
もし迷ったら「趣味は映画を観ることです!」と言っておけばいい。

…ん?映画を観るの「観る」は「観賞」の方じゃん!?
そう、ただ観るだけなら「観」でいいのだね。これは「見る」と同じ意味。
文字にすると相手には「ああ、この人は見るだけで深く味わおうとしてないのね('A`)y-~」とか思われるかもしれない。
なので、履歴書なんかで書く時は「映画鑑賞」と書いた方が印象はいいかも。

それでもやっぱりややこしい

…と、ここまで書いてみたけど、世の中には曖昧なものもあるもので、どっちを使えばいいのか分かりづらいものもある。
例えば、植物。

植物園なんかに行くと、多種多様な植物が展示されているが、これを見て回る場合は「植物観賞」と言って問題ないだろう。
では、その植物に手を加えたらどうなるのか?例えばきちんと整備されて庭園になったら?
そこに芸術性が存在するなら「鑑賞」になるのだろう。ところがその庭園が芸術と理解できないレベルだったら?
その場合は「観賞」になるのだろう。

そう、「かんしょうする者」の態度や感覚によって用いる漢字が変わってくる場合もあるのだ。
これは例えば本なんかにも言える。
よく「保存用・観賞用・普及用に3冊買おう」なんてジョークもあるけど、もしこの本に芸術性が認められれば「鑑賞用」になったりもする。

また、ニュースや新聞などは人の手が加わったものではあるが、事実を伝えているだけで芸術性は無い。
なので「鑑賞」という言葉は使わない。でも「観賞」も使わない。ニュースなら「視聴」新聞なら「購読」などを使う。

この辺になると、もはや一般的な視点にそぐって漢字を使い分けていくしか無い気もする。
これを単純に言葉だけで発するなら全然気にしなくてもいいところなんだろうけど、文章にしようとすると悩みますねぇ(´・ω・`)

…ということで、まとめ。
「観賞」【自然などを見て楽しむ】時などに使う。
「鑑賞」【芸術性のあるのもの味わう】時などに使う。

あ〜〜、日本語って難しい!

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